愛と欲望のアラサー

バツイチアラサーの趣味とか仕事とか

「あの夜」を越えた私に

「社会人になってから一番辛かったことは何ですか?」

学生によく聞かれる質問だけれど、この質問のとき、私はいつも「ある夜」を思い出す。

小さなビジネスホテルで、自分が世界の誰にも必要とされていないような孤独を感じていた、10年前のあの夜。

 

新卒で入った会社は、憧れていた「総合広告代理店」だった。

実際何をするのかよく分かってもいなかったのに、大学生の頃の私はとにかく「総合広告代理店」で働きたかった。

 

そうして入った会社でやっていた仕事は、主に「飛び込み営業」だった。

でも、字面から想像される程、辛いことばかりだったわけじゃない。

小さい会社だったからこそ、営業で受注した後の制作にもメインで携われたし、今でも忘れられない、思い入れある広告物を創らせてもらった。

テレビやラジオといった媒体会社の同期営業達と毎晩のように飲み歩き、初めての「お酒での失敗」含め、面白おかしい夜をたくさん過ごした。

「特別な仕事をしている」と感じていたし、忙しくてハードな日々に酔っていた。

 

それでも、3年もたなかった。

3年目で本社から他県の支店へ異動になり、友人も知人もおらず、媒体会社からも「よく知らない弱小代理店」としか扱われない中で、飛び込み続ける気力が無くなっていった。

毎日悩み、情緒不安定で、その不安定さは、同期だった恋人にぶつけていた。

恋人なのに、彼の仕事の成功や本社での業務に嫉妬して、「もっと近くで支えてくれないと意味がない!」などと、2年以上も家族以上に支えてくれた人と別れてしまった。

挙句、「近くで支えてくれる人」などと勘違いして、既婚の支店長に靡いていた。

 

そうして悩みに悩んだ結果、退職を決意。

最後の夜に、本社時代から支えてくれた先輩社員や制作会社の仲間たちが宴をひらいてくれた。

そこで、遂に私は知ったのだ。

「2年以上支えてくれた恋人」も「近くで支えてくれる(などと勘違いした)既婚支店長」も、この場に別の、それも第二・第三の恋人がいる、ということを。

 

もはや、ドラマにもならないような、汚い色だけ混ぜて真っ黒になった人間関係がそこにはあった。

この場合、女同士でケンカになるパターンがドラマなんかでは多いと思うけれど、

私の怒りや悲しみは元恋人に向かい、そして「‘元’恋人」である限り、今の自分には感情をぶつける権利もないことを感じ、ただただ絶望した。

私もその場の他の女たちも、互いに愛想笑いを浮かべて、「やばーいなんか笑えてくるねー」などと話していた。

悲しんでも怒っても、ただただ自分が惨めになるだけだと、お互いに知っていたのだ。

 

住んでいた家は、鍵の引き渡しの関係で今晩からもう住めず、次に決まった仕事は来月から。

宴を終えてちっぽけなビジネスホテルに戻る。

隣の部屋から聞こえるテレビの音を聞きながら電気を消すと、

真っ暗な海の底に物凄い速度で沈んでいくような心地になった。

「今の私は誰にも必要とされていない」

圧倒的な孤独で、息もできないような苦しさを感じていた。

憧れていた仕事、騒がしいけど大切な仲間、家族より一緒に過ごした恋人――私の見ていたこの3年弱の景色が、全て虚構に思えた。

 

 

それでも、夜はあっさりと朝を迎え、翌月には新しい仕事が私を待ってくれていた。

同じ仕事ではなくとも、前の仕事での経験は、今の私を間違いなく助けてくれている。

人事採用担当となってからは、あの夜の経験すら、一つの人生経験として、ときに私の「引き出しの一つ」となってくれる。

 

 

あの夜を迎えたのは、間違いなく自分が幼かったからであり、自分こそがしょうもなかったから、引き起こされた人間関係に他ならない。

そう思えるくらいには時が経った。

今の私は、あの夜の思い出を、自分の引き出しの「甘酸っぱい」コーナーに置き、

時に引っ張り出されても、舌の上で転がして味わうこともできる。

 

しかし今でもやはり、あの夜は大きな転機だったと感じている。

私が仕事を続けているのは、間違いなく、あの夜の孤独を知っているから。

自分にとって大切なものを失った時、「社会とすら繋がっていない」という事実は、私をいっそう孤独にする。

私は、社会で働く自分が好きだ。そしてそれが、良くも悪くも自分の存在理由の一つになっている。

あの夜、泣くことすらできなかった惨めな私は、真っ暗な海底から抜け出し、

今の私を支える一部として、相変わらずがむしゃらに働く私を、笑って見守ってくれている。